元ホームレスのどん底から這い上がった社長の話。

※中小企業再生支援コンサルタント岸田 昌幸の著書『社長がホームレスになって見えたこと どん底から「幸せへのパスポート」をつかんだ這い上がり人生』の抜粋記事の続きです。ページ下部の「このシリーズ」の記事から過去記事をご参照いただけます。


すべてを失い、ホームレスになることを決断。

もう一度立ち上がろうと決心したものの、問題は山積みでした。持ち逃げに関し、警察に何度も相談に行きましたが、最終的に返ってきた答えは、「捕まえることはできるが、これだけの金額を持ち逃げしている相手だったら、自己破産するだろうから、お金は返ってこないでしょう」。ある程度の覚悟はしていましたが、お先真っ暗という思いでした。


債権者との調停で裁判所からの呼び出し通知は計15回。弁護士にお願いする費用もありませんでしたし、法テラスに相談に行っても、弁護士費用を分割で支払う当てもありません。当時の私の全財産は50円でしたから。これは自分自身で解決しないと前に進まないと考え、私ひとりで全ての調停に臨みました


調停委員は、「この人は加害者でもあるが、被害者でもあるので広い心で見てあげてください」と債権者に言ってくれたのです。本当に嬉しくて感謝しかなかったですね。持ち逃げされたお金の全ては、私が保証人になっているとか、勝手に私の名義を使って借り入れをされたものばかりです。私自身は1円も使っていませんでしたので、ほとんどの債権者は債権放棄してくれました


でも、理由はどうあれ、債権者に迷惑をかけたことは事実ですので、頭を下げるしかありませんでした。今まで、「お金を借りてください」とか「御社ならすぐにご融資させていただきます」と、お願いに来ていた銀行員が、回収不能と分かると手のひらを返したように私のことを「おまえ」呼ばわりです。人の心の裏に潜んでいる悪魔を見た気がします


そんな中、私の心を救ってくれたひとりの銀行員がいました。ある日、「お茶でも飲みながら外で話をしませんか」との連絡があり、私は、「また嫌味のひとつでも言われるのだろうなぁ」と思っていましたが、喫茶店でコーヒーを飲みながら、その銀行員から出た言葉に驚かされました。「岸田さん、私が言うのはおかしいですが、借りたお金は返す必要はありませんよ。返すお金があったら、そのお金を、岸田さんのやり直し人生に使ってください」と。


話を終えて、喫茶店を出る時に、その銀行員から封筒を手渡されました。封を開けて中を見ると、1万円札が入っていたのです。思わず「これ、何ですか?」と聞いたところ、「今まで岸田さんには本当にお世話になっていました。今、岸田さんは、お金がないでしょ。少しでも助けになればと思っています。これは、私個人の感謝の気持ちです」。私は、優しさと気遣ってくれている気持ちに、その場で涙が止まりませんでした。その封筒に入った1万円札は大切に保管し、今でも使っていません。私の宝物ですから。


私を気遣ってくれた銀行員の期待を裏切るわけにはいきません。といっても、私の全財産は50円です。コンビニでおにぎりを買うこともできません。頂いた1万円はどんなに辛くても絶対に使わないと決めていました。食料を買うお金もなく、住む場所もなく、知恵を振り絞っても何も出てきません。友達や知り合いにも迷惑をかけたくありませんでしたので、私が選択した道は、ホームレスです。


どん底を経験して自分の「使命」に気づいた。

ついに、セレブ生活から、どん底のホームレス生活がスタートします。すると不思議なもので気持ちが吹っ切れた感じがして、全てから解放された気分になるものです。しかし、それは最初だけです。食べていないのですから、空腹感が襲ってきます。木の葉っぱを食べて飢えをしのいだ時期もありました


優しいホームレス仲間が、私のところに来て、「兄ちゃん、何も食べてないんやろ? これでよかったら食べるか?」と差し出されたのは、腐りかけのバナナでした。それでも私は、「ありがとうございます」と、そのバナナを美味しく食べたこともありましたし、自動販売機の下に小銭が落ちていないか探したこともありました。ここまでどん底に落ちるとは本当に情けない思いです。


こんな生活がいつまで続くのか先が見えない不安感・孤独感との闘い……、いろいろなものが心の隙間に襲ってきます。ベンチで夜空を見上げながら、もう人生を終わりにしようかと思ったことは何度もあります。しかし、よくよく考えてみれば、自分自身がお金を使って全てを失い、ホームレスになったのではないという事実です。それで、人生を終わりにすることが、如何に馬鹿げていることか。


まだまだ自分には使命があるのだと閃いた時、〝よし、やってやるぞ〟と気持ちのリセットができました。何をするにも、〝腹が減っては戦ができぬ〟と考え、日雇いで働きにも行きました。日銭で食料と交通費を確保できるようになりましたし、銭湯にも週2回、行けるまでになったのです。ホームレスになってからは、入浴どころかシャワーも浴びていませんでしたから、銭湯で湯舟に浸かった時は、至福のひと時でした。どん底に落ちると、当たり前のことが当たり前ではなくなるのです。


そして、空いている時間は、図書館に通い、金融と法律の勉強をしていました。何故かというと、私のように困っている人を助けたかったからです。その為には知識が必要です。ここが、私の中小企業再生支援コンサルタントの原点です。同じような仕事をしている先生方からも実践勉強をさせていただき、約半年で第二の人生をスタートすることになったのです。


仕事をするにも、住む場所と仕事場を確保しないといけませんので、できるだけ敷金と家賃が安い部屋を探すことにしました。部屋は見つかりましたが、まだ収入も安定していませんでしたから、家賃を3か月滞納した時期もありました。家主さんに滞納の事情を正直に説明すると、「お金が入ってからで構わないですよ」と、気遣っていただきました。ここでもまた助けられた思いです。


今、人の考え方や価値観、生き方といった様々なものが、ものすごいピッチで変わりつつあります。また多様化しつつありますから、これまで当たり前と思っていたことが、決して当たり前ではなくなってきています「自分の使命って、何だろう?」と考えたこと、皆さんにもあると思います。


命を使うと書いて「使命」。努力また努力の中で、自分の生き方、自分の使命は、輪郭を表していくものです。何かやる、何か始める、努力を重ねていくうちに、目標もはっきりしてくるものです。自分でなければできない自分の使命も分かってくるものです。急激な変化に取り残されない為には、我々自身が変化していくしかないのです。その深い自覚と覚悟だけは必要です。自分も変わらなければなりません。変わる時代に自らも変わりましょう。