4~5歳の子育てのポイントは社会性と心理的な安心感。

4、5歳は集団生活で社会性を身につける。

子どもの自我がすくすく育てられると、4、5歳ではかなり自分の置かれた状況が分かるようになってきます。まだ頼りないとはいえ、責任感や役割意識も付いてきます。小さなお手伝いができるようにもなります。今は世の中も道路も危険になり、「ちょっとそこまでおつかいに」とはいかなくなりましたが、昔の子は5歳位になるとよく親戚や隣近所までおつかいに行って、先方からご褒美にお菓子の包みを頂いたりしたものでした。


また4、5歳を「遊びの時代」と呼ぶ学者もいます。数名の子どもたちで一緒に協力し合って砂場で山や川を作ったり、あるいは鬼ごっこなど役割のある遊びをして、遊びの中での自分の立場や担当をわきまえて行動するようになったりします。自分の希望や思いをきちんと主張する一方で、周りと協調する力も鍛えられるのです。この時期は幼稚園で言えば年中・年長組の頃ですが、言葉で訴える力が発達し、自分の感情の扱いがうまくなるので、養育者にとっては可愛くそして頼もしくも感じられます


そしてこの時期に集団生活を楽しめる子になっていれば、小学校生活は多分順調に進むでしょうし、おそらくその先の社会生活にも順応できるでしょう。しかし中には、砂場の共同遊びができなかったり、鬼役に当たると泣き出す子や、1人で置き去りにされることに耐えられず、鬼なのにみんなと一緒に逃げようとする子がいたりします。昔からそういう子はいましたが、かつてはその場をうまく采配し、そういう子は鬼を免除したり、一緒に鬼役を引き受け2人で鬼をしてくれたりと、みんなで楽しめるよう工夫をしてくれる頼もしいお兄さんやお姉さんがいました。


「発達障害」ではなく、情緒的なつまづきが理由の場合も。

最近はこのような周囲から外れる子どもを見ると、子どもたちよりもむしろ、保育士や教員や保護者達がすぐに「あの子は変」「発達障害では?」と言い始めます。周りの子と違う子どもは気になるものだし、気に留めることは、場合によってはとても重要です。でも私は、社会性が未熟で逸脱する子を見るとすぐに発達障害と決めつけてレッテルを貼ろうとする最近の単純さが、とても危険だと考えています。このような、ちょっと普通でない面があると「障害」「規格外」へと持っていきたがる短絡さには、社会の罪深いエゴが潜んでいそうで怖いのです。


発達障害に関しては、もしも我が子が発達障害ではと思ったり、言われたりした場合には、良心的で専門性の高い児童精神科医に相談してみましょう。専門性が高く良心的な児童精神科医というのは、十分な時間を使い(時には1か月ほど)、慎重に丁寧に診てくださる先生のことです。そして実際に発達障害の可能性がある場合、その先の関わり(心理療法や訓練プログラムなど現存する多くの情報)についても、具体的に説明してくださったり、望ましい機関を紹介してくださるような先生です。


ともあれ、共同遊びができなかったり周囲から逸脱する子どもの中には、発達障害ではなく、情緒的な発達のつまずきが主な理由で落ち着かなくなることもしばしばあるのです。何でもかんでも安易に「発達障害」にジャンル付けしようとする態度は、本当に危険です。


たとえば、小さい時から十分受け入れられてきたと思える感覚が乏しいため、自尊心や協調性が未熟で、どうやったら周りとうまく付き合えるのかが分からなくて落ち着かず、皆からはずれてしまうのかもしれません。あるいは、日頃から、母親や父親から怒られ過ぎのため気持ちが不安定で、競争的な状況や自己主張の場になると持ちこたえられないのかもしれません。


どうやら、そういった心の問題によって落ち着かなかったり集団に馴染みにくかったりする子どもたちが増えているような気がしてなりません。そうした場合には、養育者と子どもの関わり方をケアし、豊かな情緒発達を図ることが大切です。臨床心理士による心理療法などの適切なケアが用意されるべきなのです。「規格外」とはずしてしまってはなりません。