子どもが弱視と診断されたときのトレーニング法と体験談

子どもに何らかの病気や障がいがわかったときには前を向いて

私は、長男くんが6歳まで、目がきちんと見えていないことをわかってあげられませんでした。空高くの飛行機にも反応し、遠くから帰ってくるパパにも手を振り、何も不自由なく幼稚園に通っている……そう勝手に思い込んでいました。


小学校の就学前検診で、視力検査のときにお友達に手を振ったりして、まじめに検診を受けない息子に「しっかり見なさい!」なんて怒ったりしました。結局、そのときの結果から眼科で再検査。そのときも「ふざけているからこんな結果になって」と、まだ気づけていません。今考えると鬼母です……。


眼科の検査結果は「屈折性弱視」でした。強度の遠視と乱視が原因らしく、息子は生まれてからずっとピントが合わないぼやけた世界に生きていました。まっすぐな線の上を歩くことも難しかったそうで、ぬりえなどの線は何本にも見えていたそうです。その上、すべて角がない丸いものに見えているため、線と線の交わりや尖ったものがわからないなど、いろいろな症状の説明を受けつつも、まだ信じられない気持ちでいっぱいで、現実を受け入れることができませんでした。


けれども、号泣しながら、何度も何度も先生に聞き直しました。主人にもすぐに連絡をして事実を話しても、やはり信じてもらえず、翌日、一緒に長男くんの視力検査を見てもらいました。視力検査を受けた不安な息子へ「パパも全然見えなかったから大丈夫だ」と声をかけてくれたときには嬉しくて泣けました。


泣いていても仕方ない。病気の知識を得ること。ポジティブに治療をすること。

主人も私もめがねをかけていますが、2人とも大人になってからなので、まさか6歳でめがねが必要になるなんて、考えもしなかったことでした。それより、今まで見えていなかったことに気づけず、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。今、思い返せば、人の絵を書くと手や足がいっぱい書かれていたり、□のマスの中に字が書けなかったり、自宅の階段でも横歩きでしか降りられなくて、なぜ? と思うことはたくさんありました。母として情けないです。泣いて詫びても時間は戻りませんから、とにかく弱視について勉強しました。図書館であらゆる本を読み倒しました。


「めがねは絶対に必要なこと」も理解しました。弱視の訓練として、小さな画面の中で動くゲームを見ることでピントを合わせられることを知り、すぐにゲーム機を購入しました。また、視覚中枢の発達は8歳までが勝負だと知りました。それからもいろいろな検査が続き、親としての罪悪感も重くなりましたが、弱視を勉強し知り尽くす頃には「息子の目は私が治す! 私が治せる!」と根拠のない自信もわいてきていました(笑) その気持ちだけで前だけを向いていました。


めがねをかけることになった息子を毎日「よく似合うねぇ」と褒めたたえました。私は普段コンタクトでしたが、私もめがね生活を始めました。まずは、息子にめがねを好きになってもらうこと。めがねをしてほしい理由も、何度も何度も話しました。


息子のめがねは、近視や遠視のようにかけた瞬間によく見える……などの喜びがまったくない、治療用めがね。めがねの効果は2~3年後にしか実感できないことも学びました。幼稚園年長組からめがね生活がスタートし、小学2年生のある日「ママの顔が1つに見えるようになったよ」と教えてくれたときには、涙がこれでもかというくらいに溢れました。めがねをかけて良かった、本当に弱視が見つかって良かったと安堵の気持ちでいっぱいになりました。


これからも、さまざまな心配や驚き、不安で動揺もするでしょうが、それでも、親ならば前を向いて「諦めない! 子どもの可能性を信じて広げてあげる!」ということが何より大切だと私は思います。世界中の医師が見放しても私は子どもの回復、完治を信じます!


今は何をすることが一番いいかを考えて、たとえ間違った選択をしてしまっても、また次を考えて前を向くことが成功へつながると実感しています。お子様は病院の先生より、「パパとママの言葉」を信じます! どんな偉い人の考えでも、「パパとママの考えが一番正しい」と言ってくれます。パパとママの言葉は、ときに「神様のように無敵」です。子どもは誰よりもパパとママを信頼しています。現在長男くんは、めがねは必要ですが、両目ともきちんと見えています。階段もスタスタ降りています♪