癒しと気づきの効果とは?心が通じ合ったような不思議な体験。

癒やしと気づきは心を満たしてくれる。

私のワイヤーアートの講座は、その技術を習得することをメインにしてアーティストを育てていましたが、天然石にそれぞれどのような効果を感じるかなどの内容も加えた講座ができる講師を育て始めたのは3年ほど前です。

「私の生徒の中からワイヤーアートのレシピ本を出版したり、自分より活躍し有名になったりしたら、どういう反応する?」と質問されたことがあります。

「うれしい氣持ちも湧くと思いますが、正直悔しい氣持ちも湧くだろうし、徐々に喪失感となっていって、最後には自らあっさりやめると思います」というような回答をそのときにしたと思います。喪失感に耐える日々を過ごすより、その方がスッキリすると思ったからです。

でも、それから、その質問を自分の中で何度も繰り返してみました。潔くやめることにしたとしても、きっとスッキリするのは一時的で、喪失感をずっと持ち続けている自分のままなのか、そうではない自分に変わっていくのか。そういう氣持ちが湧いたら、その感情を癒やして手放していくことで、生徒さんの活躍をともに心から喜べる自分になる、今まで超えられなかったことを超えられる自分の成長になる、という意識が生まれたことに氣づきました。

生徒さんの活躍を望むことは、自分の成長にもつながっていくということの氣づきそうなることを望んでいこうという意識にどんどん変わっていきました。それは同時に、今まで隠していた未来への不安や恐怖から解放されたという感覚も味わいました。まだ起きてもいない未来を実は恐れ、不安に思っていた、いつか追い越されていくことを恐怖に思っていた潜在意識にも氣づくこととなり、その未来から解放された氣分でした。

実際、今、講師業や作家活動で活躍している生徒たちが増えました。その活躍ぶりを見聞きするとき、大丈夫? ブレていない? 彼女たちのことを喜んでいる? と自分に問い掛けています。その活躍は私の幸せや喜びになり、心が穏やかでいられる今に感謝しています。

私も、まだこの世界を広めていこうと思っていますが、いつか時がきたら喪失感からというのではなく、執着なく誰かにバトンタッチする未来をも描けるようになっています。心が癒やされる感覚を、私なりに表現すると、心が回復する、よみがえるような感じです。本来、私たちが持っている神聖な自分の心が再び宿り輝くような感じです。癒やされた心は、今まで氣づけなかったことを氣づかせ、意識を変えていくことができます

私が最初にそのような感覚を抱いたのが、スピリチュアルを学び始めて数カ月たった頃、頭では理解できるけれど、現実の私の意識はそれほど変化もなく、本当にこのまま進んでいってもいいのか、信頼できるのかを、この学びを勧めてくれた方に相談したことがあります。

そのときの返事が、「自然の言葉に耳を傾けて、空を見上げ、朝日や夕日を見て、芽吹く木々を見て、花の香りを楽しみ、鳥の声を聞いて、まず感じてみてください」というような内容でした。そういうことをするの? と私の期待に沿わない回答に腹が立ち、「うちの近所に鳥は飛んでないようで鳥の声は聞けません」という攻撃的な返信をしたのを覚えています。そう返事はしたものの、ベランダで洗濯物を干しているときに、飛んでいる姿を探したりしましたが、本当に見つけられませんでした。

ただ、そんなはずない、鳥ぐらい飛んでいるでしょう、たまたまだよねと思う自分、信じたい自分もいました。もっとそういうことに真摯に向き合って、鳥を見るのが今の私の望みというぐらいに意識を合わせてみると、数日後に鳥がかわいらしくさえずる声が聞こえてきました。あのときの感動、私が聞きたかった回答を教えてくれているかのように、とても近くで鳥が飛び、さえずり、こういう体験が必要だったのだと感じる喜び心と心が通じ合ったような不思議な感覚

「鳥の声が聞こえました」と改めてメールを返すことができました。その日を境に毎日聞こえるようになり、その声を聞くたびに心がすっきりと晴れ渡り、癒やされて、自分の中はこんなにも純粋でシンプルな心もあるということに氣づいていきました。

そして、こういうことに感謝できる心があるということにも氣づきました。天地自然が織りなす世界に寄り添って、その感動を味わった心が自分の神聖さに触れた瞬間です。本当は日常的にあふれていることですが、そこにあって当たり前だと慣れすぎて、その恩恵を受け取って生活があるという感覚を忘れていました。かたくなだった意識の曇りが溶かされていくように、日常生活で目にするものから感じていくものが少しずつ変化していきました。

心が拒み続ける限り、それには氣づくこともなく過ぎてしまうものだということもわかりました。今日は朝から雨がしとしとと降っています。いろいろな喧騒にはピントを合わせずに、細かい小粒の雨を見て大地をぬらす音や匂いを感じます。残念ながら今は鳥のさえずりは聞こえてきませんが、雨の静やかな滴の音にゆっくりと深い呼吸をしながら合わせていく。

日々の不満や不安、問題を水に流し溶かしていく。穏やかで温かい、ゆったりとした氣持ちで満たされていく感覚に浸るこのときが至福の瞬間。このように心を癒やしてくれる恵みはどこにでもあふれています。