スピリチュアルと引き寄せの関係。私の自己探求体験談

自己探求の旅、スピリチュアルとの出会い

唐突ですが、あなたは見えない世界を信じますか。別にオカルトとか霊の話をするつもりはないのです。この世界には目に見えないけれど、そこに確実にあると納得できるものがあります。わかりやすいのは、空氣や重力、引力、磁力、Wi-Fiなどの電波、紫外線や可視光線、音の振動などです。


このようなエネルギーや波動、振動などは、目で確認できなくても、不思議な感覚もなく受け入れて生活をしています。私たちが見えている世界は3次元ですが、4次元、5次元、6次元……n次元という見えない世界も数学的表現を使えば表すことができるという話を聞いたことがあります。


5次元以上が高次元というそうですが、これが″高次の私〟と表現すると途端に怪しい空氣が漂い始めます。そういうのが苦手な方もいらっしゃると思います。私自身もそうでしたし、今でもスピリチュアル用語などを必要以上に多用することはありません。それよりも、今の感情を味わっていくこと、体感覚や実体験を通して自分の感覚で経験してみることを大切にしてきました


私が、スピリチュアルを学ぼうと思ったきっかけは、ワイヤーアートの講座に来てくださった生徒さんでした。当時は、趣味の延長線上の講座だったので、人が集まらなければ、いつやめてもいいと思っていましたし、楽しい氣持ちと人とは違うことをしているという多少の優越感も味わえていたので、とくに夢や希望、目標といった今後を発展させようという意識もなく、それでも十分満足な日々でした。それが、少し趣が変わってきました。


それは、スピリチュアル系の方々が講座に来て、いろいろとその世界の話をしてくれるようになったからです。当時の私は、卒業した学校がデザイン系で色彩心理を学んだこともあり、色彩が及ぼす影響や効果に興味はありましたが、スピリチュアルという不確かさや曖昧さ怪しげな部分がなんとなく受け入れがたく、その手の話をされるのがしだいに嫌になり、そういう方々も同時に苦手になっていました。


ブログで生徒募集をしていましたが、スピリチュアル系の方はお断りにしようかと思ったぐらいでした。そんなことを思っていたところへ、スピリチュアルについて学び始めるきっかけとなった生徒さんが現れました。しかもお二人です。


いつものように、ブログから1名で申し込みがありました。日程を決めて、後は当日を待つだけだったのですが、急きょもう1名の申し込みがあり、別の日では受講の日程が合わなかったので、同じ日に来ていただくことになりました。私も含め、初めまして同士が集まったのですが、私がお二人のお茶を用意している間に、もうすでに話が盛り上がっていました。


お二人の共通の知り合いがいて、その共通の知り合いは、最初に申し込みをされた方とスピリチュアルを一緒に学んでいて、後から申し込みをされた方も、その方がスピリチュアルを学んでいることを聞いていたので、教えている先生のことも知っていました。


お一人ずつではなく、このお二人が何かの引き寄せでそろい、共通の知り合いがいて、スピリチュアルなことを話しているということに、今までになく私の心がざわつくのを感じました。同じ日にこのお二人がそろったことで、私の意識に変化が起こったのは確かで、スピリチュアルに対しての嫌悪感が薄れ、逆に少し興味が湧いてきました。


それで、後に私が初めてお目にかかり、学ぶことになるスピリチュアルコンサルティングサロンを主宰されているカウンセラーの伊名結海先生のセミナーが近々開催されることを聞き、参加してみてはとのお誘いに乗ってみることにしました。


そのセミナーは当時の私にぴったりな内容で、簡単にいうと、目の前にいる嫌な方に対して祝福を送るということでした。苦手だと拒絶していても、意識の中でそうやって氣にしているので、同じような方を引き寄せます。


しかもワイヤーアートの講座をいつやめてもいいという意識の中では、苦手な人を引き寄せていけばやめるときのための言い訳にもなります。すべては私の意識が現実をつくっていることが理解できました。私には続けていきたいと思う意識もありました。だから、どんな方が現れても、拒絶するのではなく受け入れて、ありがたい素晴らしい存在だと祝福を送ることを実践していきました


するとしだいに、どんな方が現れても苦手だという感情がなくなっていき、その状況は夢や希望を抱くように変わっていきました。それと同時に、来てくださる方々を選ぶという傲慢な自分にも氣づき、改めることができました


数年前までは本屋さんでパートをしていた私が、ワイヤーアートと天然石に出会い、講座を開き、作品を販売するようになりました。それが今も続けられていて、さらに希望や夢や目標を持つようになり、今が楽しいのは、あのとき、どんな方でも拒絶し続けるのではなく受け入れて、自分の傲慢さを改めて、祝福を送ることができたからだと思っています。こうして、スピリチュアルな学びとともに私の自己探求の旅が始まりました。