人生とは?生きる意味とは何?無とは何なのか。

光の元へ戻るまで人生の学びは続く。

世界には約七十二億もの人がいるといわれていて、その中の一人である私がどれほど小さな世界で生きてきたのかと知ることになったのは、キラキラとすてきに輝く友人を間近で見たときです。この世に存在するすべてのことやものについて、考えたことはありますか? 自分の目に映るもの以外にも多くのことがあふれていて、絶対的に知らないことの方が多いはずです。そんなことを考えていると「無限」という言葉が浮かんできました。


これについて考えてみたら、理解できそうでできずに混乱。それがなんともいえないもどかしさで、逆に私の好奇心をそそりました。この言葉が発するエネルギーって、強くて大きくて大好き。そのため、名前の後に無限印「∞」をつけています。限りない可能性を秘めているよね。惹かれる理由は、私の持っている情報があまりにも少なすぎて、想像もできないほどの大きな世界に憧れているからだと思います。


でも無知であるが故の素晴らしさも、実は感じていますよ。ワクワクするのは、何かの発見をしたとき。それが大人になると、ほんの少し耳にしたことでさえ知っているつもりになり、興味も薄れてしまうから残念。子どもが見るもののすべてに興味を抱くのは、まだ見ぬ世界だからであり好奇心がツンツンとされるから。


そして新しい出会いや発見などで常に感動と隣り合わせ。無知の私にはこんな子ども心が秘められているのです。以前勤めていた職場の上司にニコニコしながら冗談でばかにされ何度も心で泣いたけど、ハートで物事を見ることのできる自分がやっぱり好きです。


少し前に私は無の世界を経験しました。テレビを観ても笑うことも泣くこともできず、大好きなデザートを食べても何も感じない。心が震えることのない、虚無感。無の世界は感情も感動もなくて、生きる意味を見失うだけではなくて、自分の存在すらもどうでもよくなってしまうのです。こんな経験って一般的にあるのかな。ちょっと普通ではない話だと思います。でも現実に起きたことで、突然こんな状態になったけど、これも意味があってのことだったと知っています。


私は常に学びに意識が向いていて、どこかでこんな体験を求めていたのかもしれません。いつも幸せな私だからこそ、知ることが必要であったと。幸せが当たり前と思っていないけど、これを知ることでより幸せを感じることができるという学びです。このときに強く思ったことは、苦しみの中をもがくよりも流れに身を任せる方がうまくいくということ。自分の意識がしっかりとしていれば、大きな波がきても流されることはないから。

無を学ぶことで有を感じることができる。

このことで人は感動の中で生きていることを知りました。何よりも負の感情をも味わえることに喜びを感じ、すべてが感謝に。そして自分は素晴らしい存在であるというメッセージも受け取り、涙しました。無を経験するとその人に必要な学びがあります。そしてどんなことも、奇跡の連続であると知ります。だからね、七十二億人もの中にいるあなたも私も、素晴らしい奇跡なのです。学びは光の元へ戻るまで続くから、そのときまで無限の可能性を信じて生きていくことをさらに強く決めました。


さてさて隙間時間にパソコンとにらめっこをしていると、鍵を発見しました。これは未来へ続く扉の鍵で、必然のお導き。鍵であったのは、宝物のありかが記された地図を手渡されても面白くないから。望み通りにヒントだけを頂いたことも、さらなる夢へのワクワクにつながりました。そのヒントを元に先へ先へと進むと次のヒントをまた発見。そしてさらに進めると、またまたヒントを発見。こんなことの繰り返し。少々もどかしいけど、この過程が最高に楽しかったです。王子様が幸せな未来へと、手を引っ張って連れていってくれることよりも何倍も楽しいようにね。