【体験談】子どもが登校拒否、退学になった時、私はどう対応したか

子どもの挫折。登校拒否。

高校を三年間で何とか無事に卒業を果たした長男。「ここに決めた!」と音楽関係の、よく耳にする大きな学校の名前を告げた。「一度しか出向いていないのに。こんなに簡単に決めてしまっていいのだろうか……」母として、人生の先輩として不安はあったけれど本人の希望を最優先し、専門学校に入学した。高校選びで口出しをして失敗した経験が、不安な気持ちを押しとどめた。


それにしても、専門学校の学費って、お高い! 私立の大学に劣らない。その割に、入学はいたって簡単だったと母は思う。学校にもよるのでしょうけれど、当時のわたしにはそんな印象。さて、学費を何とか捻出し、我が家からでは遠いので学校の近くに部屋を確保。生活用品も買いそろえて、四月から一人暮らし。


狭いながらも自分の城を持ち、誰に干渉されることもなく意気揚々と、新生活をスタートした。と思ったのだけれどなかなかそうはいかなかったみたい。入学してすぐの連休明けのころだったろうか、体調を崩して数日休んだことでクラスになじめなくなって、学校に行けなくなったみたい。それが引き金になってか、または自分が思い描いていた学生生活とのギャップなのか、やりたいと思っていた勉強と現実が思いの外かけ離れていたのか、本人の口からは多くを語らないので、詳細は不明。


学校から呼び出しを受けて、担任と面接したときにはもうずいぶん他の生徒との差ができて継続が難しいところまで来ていたようだった。初めは担任の先生の勧めもあって転科してやり直す気持ちになったものの、本人の心がもうそこにはなく、結局退学することに決めた。十二月。一年分の学費は納めていたので、三月までは学生という形で在籍し、年度末に正式に退学。

苦しんでいるのは子どもだけれど、けじめも大切。

「自分で決めて選んだ道なのだから、最後まで頑張れ!」「あのとき、ホンマにここでいいのか? と聞いたよね」「いくらかかったと思うの!」と思わず言いたくなる。でも、言わなかった。言えなかった。ちょうどこのころに、わたしは「親業」を学んでいて、「不登校の子どもの心理」と「親の対応」も勉強していた。


「誰が一番苦しんでいるのか?」「子どもは誰に理解して欲しいのか?」「それを理解できるのは誰なのか?」「子にとって、親にとって大事なのは何なのか?」と激しく葛藤し、感情をぐっと抑える。「こんなに物分かりの良いお母さんはなかなかいないよ!」って担任の先生がしっとりと息子を諭してくださった。学校を辞めたのだから、実家へ帰ってくるという道があったはずなのだけど、彼の下した選択は、「契約が二年なので切れるまでは、とにかくここに住む」というもので、わたしはその選択にも反対をしなかった。


けれど、けじめはつけないといけない。「学生の本分は『学業』だから、生活に必要な仕送りはしてきた。けれど学生ではなくなったのだから、生活は自分でしなさい」そう決めて家賃以外の仕送りは打ち切ったの。「覚悟を決めて働きなさい」という親心。「そこまでして大丈夫?」と同じ年の子どもを持つお母さんに心配されたこともある。「冷たい母親と思われているな……」という感覚もあった。


もちろん心配でないはずがない。それでも親としては譲れない。「自分でしでかしたことの責任は、自分でしか取れない」肩代わりすることは簡単だけど、それでは大人になれない。自立させるのが親の役割。賛同してくれる友人は限りなく少なくて「厳しすぎるのかな? 薄情なのかな……わたし」と見えないところで密かに悩んだりしたけれど、「いつまでも、あると思うな、親と金」と言われ続けて育ったわたしの決断に、わたしの両親は賛同してくれた。「親」って、時に孤独。「親をする」って修行……。