死産、流産を経験して。失意のどん底から学んだこと

なぐさめの言葉はいらない~失意のどん底から学んだこと~

私が経験した死産・・・

「死産」は出産と同じだということで、わたしは産婦人科へ入院することになった。個室が満室だったため、四人部屋。他の三人は無事に出産した人ばかり。来客は夫、両親、兄弟姉妹や身近な友人なのだろうな。みんな「おめでとう」の言葉を持ってやってくる……


産婦人科なのだから、それは当然のことで誰の罪でもないことは、頭では十分理解しているのだけど悲しくて、辛くて……涙が出て仕方がない。声を押し殺すことしかできなかった。そんな中で考えるのは「何で?」っていう原因探しと後悔。あれがいけなかったの? こんなこと思ったから? って。グルグル回る。眠れない。二日目に個室が空き、ようやく移ることができたのだけど、それだけで心が晴れることは全くなかった。


なぜって、「長男の誕生日が命日」になってしまったから。この事実は、一生付きまとうことになる……。「かわいそうなことをしてしまった……」と思うと涙がまたあふれる。母親のわたしが入院中に、長男は二歳の誕生日を迎え、わたしの両親と妹に祝ってもらうことに。その日はちょうど実家のそばの海水浴場で花火大会があったのを今も覚えている。


体調は順調に回復して、三日で退院できることに。「出産と同じ」という産科の先生の言葉に従って、一カ月間わたしは実家にお世話になった。体調はすぐに回復した。若かったしね。でも、問題は心……。決して簡単には吹っ切れない。体が回復して、何の問題もなくなっていけばいくほどダメになった原因を探す。苦しみがやってくる。忘れようとすればするほど、思いが刻まれる。


「赤ちゃんの方に問題があることが多いんだって」と友人・知人は元気づけようとしてくれる。「自分のせいじゃないから」ということなのだけど、そんな思いやりの言葉でさえも、わたしの心を救ってはくれなかった。「百パーセント赤ちゃんが原因? 断言できる根拠はどこにもない」意地悪なことを考える自分がいた。


そのとき、失意のどん底にいたわたしが、どうして欲しかったか、どんな言葉が聞きたかったのか、今ならはっきりと言える。ただただ一緒にいて安心して泣いていいよ……という空気をつくってくれること。それだけでいい。それだけがいい。そうすると、泣くことができる。涙は心を洗うと言われるけれど、実感したの。黙って髪をなでてくれた二歳前の息子が、最高のカウンセラーだった

生んであげられなかった「命」に私ができることは今を一生懸命生きること。

一番辛いときに「言葉」は無意味だ。実家での養生を終え一カ月ぶりに、社宅に帰った。嫌だったのだけど、こればっかりは仕方がない。何で嫌だったかっていうと、二人目を妊娠したことは、皆が知っていたことでダメになったことも多分、知れ渡っていたと思うから。「できるだけ、人には会いたくない……」が正直な気持ち。そんな母の気持ちを知る由もない二歳の息子は、久しぶりに遊び相手がいる環境がうれしくて仕方がない。そんな彼を家の中に閉じ込めておくわけにもいかないと思い、わたしは意を決して、社宅内にある小さな公園に連れ出した。ここはいつもの遊び場。「覚悟なんて大げさな!」と思うかもしれないけれど、そうしておかないと、女同士は付き合えない。


そんなビクビクしている母親の気持ちなど全くお構いなしに久しぶりの砂遊びに興じる息子の横で母は耳を疑うような言葉を聞くことに。それは「そんなん、気付かんかったん?」の一言。一瞬、思考が止まり、血の気が引いていった。「えっ? 何?……。何でそういう言い方する?」(気付いていたら、こんなことになってないでしょ……)心の中に悲しみが押し寄せる。罪悪感がよみがえる。閉じかけていた心の傷口に塩を塗られたような痛み……。「三人の子どもを何の問題も苦労もなく、出産した人にはこの苦しみはわからないのやなぁ」と、自分で自分の感情に折り合いをつけてはみた。


この経験がわたしに教えてくれたのは、命というものが、どれほど大切か。かけがえのないものなのか。生まれるということが、どれだけ奇跡に近いのか。人を思いやるということは、その人の気持ちを考えることだけど、想像して考えただけで、わかったつもりになるのは危険。本当に辛いとき、悲しいときに言葉はいらない。ただ寄り添ってくれるだけでいい。それだけがいい……と。


母として、産んであげられなかった子のためにできること。それは、その子の「死」を無駄にしないこと。忘れ去るのではなく、しっかり意味を持たせること。そう思ったから、幼いころから我が子たちに伝えてきた。「その子がもし、無事に生まれていたのならあなたたち二人は今、この世に存在していないはず。だから、いただいた命、生まれてきた意味を考えながら生きなさい」と。


消えた命は、次の息子たちに受け継がれて生きていく。こんなふうに考えるようになってから少しは楽にはなったけれど、産んでやれなかった心の痛みは、なかなか消えてくれず、許せない自分がいた。痛みがすっかり消えたのは、浄化の後「孫になって生まれてくるよ!」の言葉をいただいてから。ならば「お嫁さんを大事にしよう」そう思った。