「お金」は、幸せのために本当に必要なものですか?

幸せに生きるためには物は必要最低限でいい。

私たちが長い人生の中で、一番幸せに思うこととは何でしょう。それは「人に愛されること」「人に認められること」ではないでしょうか。幼いときは親の愛によって、大きくなってからは伴侶となる異性との出会いによって、そして社会人としてはその存在を認められることによって、自分の存在価値を見出し、幸せな気持ちになるものです。これらすべては人とのかかわりの中で生まれてくるものです。決してお金や地位や名誉ではありません


お金持ちであるとか、偉くなっただとか、それ自体は自己満足であって、愛すべき家族のためになることであれば、それは大したことであり努力の結果ともいえますが、その家族に愛されていなかったとしたら幸せでしょうか?それでなくとも、そのお金を稼ぎ地位を得るために費やした時間と、妻や小さな子どもと一緒に過ごす時間と、どちらが幸せな時間だったでしょうか。そう考えると、お金がなくても幸せな人はたくさんいます


「世界一貧しい大統領」として有名になったウルグアイの元大統領ホセ・ムヒカ氏のスピーチの中に「貧乏な人とは、少ししかものを持っていない人ではなく、無限の欲がありいくらあっても満足しない人のことだ」という言葉があり、「物を買うことが幸せだと勘違いしている」と言っていたことにまさにそうだと思いました。(『世界でもっとも貧しい大統領ホセ・ムヒカの言葉』佐藤美由紀著 双葉社 二〇一五年七月十九日)


今の世界では高級ブランドの物を自由に買い、良い家に住み、良い車に乗ることや、一流の学校に入ることが幸せである。ということが誰にでもインプットされていて、好きなものを自由に買えないことが不幸であるかのような勘違いをしています。


これは世界中がそうなっているので仕方のないことなのかもしれませんが、人間としての本質を考えると、自分と自分の家族にとってお金やものが最小限「足りている」と感じれば、それでいいのではないかと思います。それでも人間には欲があるので、もっともっとと思ってしまうのですね。幸せかどうかは自分の心が決めることです。


自分が幸せだったら他の人も幸せにしたいと思うでしょうし、争うこともないでしょう。人と比べることをせず、身の丈に合わないほどの富を望まないことです。そして、自分のためだけでなく人のためになることをしてみましょう。なぜなら人から感謝されたときは本当に嬉しいものだからです。「ありがとう」と言われて嬉しくない人はいませんからね。

お金の執着を手離そう!豊かさとはお金に執着しないこと。

ボランティアもどんどんしてみてはいかがでしょう。小さな金額でもよいので、コンビニなどにある募金箱にお金を入れてみるなど、何か行動を起こしてみてください。不思議なことなのですが、お金に執着しているうちは、いつも「お金がない、お金がない」と思っているのですが、「金は天下の回り物」とでも思って募金をしたり寄付をしたり、人にごちそうしてみたりしだすと、いつの間にか自分が豊かになっているような気がしてくるのです。


そして、「お金がない」と言うと、自分の脳も「お金がないんだ」と認識してしまい、その結果財布のひもを固くしているのに、お金がいつまでたっても入ってこないのです。しかしそうかといって、実際大盤振る舞いをしてしまっても困りますが、そういう気持ちで生活してみてください。そして、寄付や手助けはお金ばかりではありませんお金がなくても、力を貸すことはできます。自分ができることからこつこつとやってみてくださいね。いつの間にか、心から幸せだと思えるようになってくるはずです。ここに、「マザーテレサの愛した祈り」を紹介します。

「マザーテレサの愛した祈り」

憎しみのあるところに愛を

罪のあるところにゆるしを

争いのあるところに一致を

誤りのあるところに真理を

疑いのあるところに信仰を

絶望のあるところに希望を

闇のあるところに光を

悲しみのあるところには喜びを

慰められるよりも慰めることを

理解されるよりも理解することを

愛されるよりは愛することを

出典:『マザー・テレサ 愛のことば』女子パウロ会編/いもとようこ絵 一九九八年四月十二日


このような優しく愛のある、しかも強い女性になれたら最高ですね。時代が女性の時代へと変わってきていることは確かです。特に若い女性には、これから頑張ってほしいと思います。自分の夢を実現させるべく、想いを形にしてほしいと思います。


私の周りにもたくさんそんな女性がいます。夢の実現にあたっては、必ず障害もあるものです。でもそれにくじけないで。神様はその人に越えられない壁は与えません必ず壁を乗り越えていくことができると信じて疑わないでください。好奇心を忘れずに、恐れず前に進んでいきましょう。