顎が細いと貧乏になる?観相学とは昔の人の叡智

顔って不思議・摩訶不思議

顔には不思議なことがたくさん起こります。言い伝え?と思われるものも、案外実生活に当てはめてみると、「あながち迷信ではない」ということが多々あります。そのことを予感・予知というのでしょうが、「当たるものだ」と感心することがあります。


私に起こる予知現象の一つに、眉が無性にかゆくなり、しっかりかくときがあります。その後は必ず誰かから連絡があります。「眉をかくことは人が訪ねてくる前兆」と、昔の人は言ったそうです。観相学では「眉はセンサー。心で反応する前に状況で察知をする」と伝えます。眉は遺伝と本能と個性の強弱。そして兆しを私たちに教えます。


現代は「科学的ではない」という理由からどんどん風化され、「昔から伝わるもの」が伝わらない傾向にあります。「観相学」は叡智。「ことわざ」は昔の人が作ったええ(好い)智。どちらとも納得とともにあるものです。風化させるのはもったいないです。


観相学は戦乱の世に仏教伝来のため、インドから中国に渡った達磨大師が創案されたものです。顔に表れていることを人を救う方便とし、仏教を広めるために活用したといわれています。日本では平安時代に、韓国では高麗・朝鮮時代にもっとも流行したといわれています。時代・環境・人が求める「らしさ」は変化しても、太古の昔から変わらないものもあります。


それは私たちが表す喜怒哀楽の姿です。それに伴う表れ・現象の姿です。顔そのものではありませんか。顔には不思議を通り越し、摩訶不思議が起こることがあります。摩訶不思議とは「人の思議すらも超えて理解不能なところがある」ことと理解しています。


私にとっての摩訶不思議は「眉がかゆくなる」ということ。それを人は癖と呼ぶかもしれません。しかしその癖に見えることを解明すると、癖ではなく予知に変わる場合もあるのです。これも顔を知ることでわかることなのです。

揺るがない・揺れない心は支えと関係する

この頃は若い子になればなるほど顎が細く、女の子のように見える男の子が多くなっているように思える日本。同じ年代で、若くして活躍している世界のリーダーたちをニュースなどで目にすると、やはり顎がしっかりしている人が多いです。日々事件はあっても「日本は平和なのだ」ということを顔で、違いで実感します。


求められている姿はその人がいる世界に関係し、「らしさ」に応えようとする心が顔に表れます。個人個人で会うとそれぞれに個性のある顔でも、職業など団体として個人を見ると、なんとなくその職業や社風、「らしさ」などが現れるものです。


病院で、あるおじいさんの足を触っているときに大変驚いたことがあります。今の時代なかなか見ない、非常に立派に隆起した踵だったので大変驚きました。「戦争で私は将校の馬の世話をしていた。馬の世話で一番大事なのは足の手入れ。馬と同様に私も何里も歩いた。土台を支えるのは足と顎。戦争の中踏ん張って歩いたんだよ」


昔の人は顎がしっかりしている人が多く、現実に影響されても、自分の心を幸せの世界に自分で導いていくしかない時代だっただろうことが、話とともに同じように立派な顎から推測できたのです。自分の心を大きくコントロールしてきただろうことが顎に出ている人が、この方以外にもこの世代は多いのです。


体を支えるのは足、顔を支えるのは顎。揺るがない・揺れない心は支えと関係します。日々起こる出来事の影響を受け、心に安定感がなく揺れているとき、揺れて倒れそうなとき、不思議と顎も安定感がなくなりますそれは位置として形として特に顎に現れます


昔は「顔が大きく体が細いのは幸福な人」「顔が細く体が大きいのは一生貧しい」とバランスで貧相富相、男性の条件をあげた言葉がありました安定した気持ちで昔話を話す姿のおじいさんは前者の人でした。今は小顔かどうかを重要視される人も多いのですが、幸せを考える際、観相学では小顔であることを重要視していません。顔が大きく見えるかどうかは顎の大きさが決め手です。


額より顎が小さければ(小さいほど)顔は小さく見え、額と同様の大きさに見えるに従い、顔は大きく見えます。顔を支えるのは顎です。観相学では胆力・行動力・人格を顎は表し、揺れる・揺れない心も表れます


昔は貧相・富相といいましたが、結局は顎で富相の人格や心の支え方、今安定感がない状態であってもその人を支える底力、「力」の在り方を観ていたといえます。また、「今の心の平和は、先の心の平和とは言い切れない」、その「暗示」と、そうなったときの「支える力」、そして富へつなげる「自分を発揮する力」を顎に観ていたといえます。