意欲的な子供にする教育方法3つのポイントとは

子どもに考えさせて決めさせる。

幼い娘たちの「なぜ? 何? どうして?」の質問攻撃には、私もうんざりしたものです。でも、小さな質問に真摯に向き合う姿勢がないと、子どもはやがて質問をしなくなります。思春期になって、こちらの質問を無視されるようになっても自業自得というもの。


子どもに質問をされたら、まずは「あなたはどう思う?」と聞き返すようにしましょう。知らないことに出くわしたら、自分で考えてみるクセをつけるのです。その上で、親が教えてあげればいい。時には親もわからない、知らないふりをして、子ども自身に調べさせましょう


また、幼いうちにこそ「食べたいお菓子」や「今日着たいお洋服」など、ささいなことの決定権を子どもにゆだねましょう。そして、だんだんと「明日遊ぶ友だち」「ゲームと宿題をやる順番」など、子どもの決めごとを増やしていきます。そして、自分の決めたことの責任をとる訓練を積ませるのです。


高学年になれば、「旅行の行き先」、「通う塾」などを家族みんなで意見を出し合って決められるようになります。ただし、どんな時でもお互いに相手の意見を尊重することを忘れずに。「そんなわけないでしょ」「そんなくだらないこと言わないの!」、おとなの方こそ、こんなふうに子どもの考えや発想を頭ごなしに否定しないように気をつけたいものです。


いくらくだらないと思えても、まずは受け止めるよう努力しましょう。そして、反対意見がある時は、理由をわかりやすく伝えましょう。こういった家族会議の場で、子どもはおとなの思考や決定のプロセスを体験します。そして、論理力を育んでいるのです。

ルールを決めて子どもに責任を果たさせる。

国語教室でも、子どもの主体性を育むために工夫を凝らしています。選択肢問題では、正解を選んだことに注目するのではなく、それを選んだ根拠を言えるようにしています。カンで正解するよりも、たとえ間違っていたとしても「その考えに至った過程」の方が大事だからです。


記述問題にしても同じこと。私が一方的に正解を与えては、生徒はそれを書き写すことで満足してしまいます。国語教室は習字教室ではありません。きれいに答えを書き写す作業には意味がないのです。正解を「どのようにして書くのか」を習得しない限り、記述力は身につきません


そのためにも、生徒に発言してもらいながら、みんなで正解を作り上げていく体験をさせます。時間はかかるけれども、経験を積ませるしかないのです。他にもちょっとした決定権を与えられ、自分が決めたことに責任をとる練習もしています。


たとえば、「教室で授業を受けるなら、おしゃべりはしない」「どうしてもおしゃべりを我慢できない時は、廊下に出る」「仲の良い友だちの隣

に座ってもいいけれど、ちょっかいは出さない」などです。これくらいの責任であれば、低学年でも果たすことはできます。集団で勉強をする場では当たり前のルールばかりです。そのルールが守れないなら、自分にできる方法で責任をとってもらうのです。

ルールを論理的に考える。

親子で一緒に決まりを考えることでも、論理力を育てることができます。たとえば、朝ごはんを食べない子がいたとします。いくら食べなさいと言っても食べないので、ルールを作ることにしました。


「なぜ朝ごはんを食べない?」「時間がないから」「なぜ時間がない?」「起きるのが遅いから」「なぜ起きるのが遅い?」「夜寝るのが遅いから」「なぜ夜寝るのが遅い?」「宿題をやっていたから」「なぜ遅くまで宿題をやっていた?」「テレビを見たりゲームをしたりしていたから」「遅い時間までテレビやゲームをやらないためにはどうしたらいい?」「時間を決める」「なぜ?」と問い続けることで、根本的な原因がわかりました


このように因果関係を考えていけば、「テレビを見るのもゲームで遊ぶのも時間を決めてやれば宿題をする時間も確保でき、早い時間に眠れば早起きもできて朝ごはんを食べることもできる」ということがわかります。話し合った結果をもとに、優先順位をつけて計画表を作ることもできます。それで時間通りに動けるようになるかどうかは別として、毎朝「朝ごはんをちゃんと食べなさい!」と言い続けるよりも、よほど意味のある会話ではないでしょうか。