心が辛い苦しいときの感情の解放の仕方を教えます

人を許すとは『許す心』に変換できる強い気持ちを持つこと。

あなたが道を歩いている時、何かにつまずいて転んだとします。その時、膝を擦りむいてしまい、その傷口から痛みを伴い出血してしまいます。この数日後、その傷口にはかさぶたができ、その後しばらくするときれいに治ってしまいます。


これと同じように、人が不快な感情や悲しみの感情を抱いた時、それが心の傷となり、その傷口から出血するかのごとく怒りの感情が溢れ出てきます。その傷の程度は様々だとは思うのですが、人は必ず元の状態に戻ろうとする作用が働くため、この「かさぶた」のように怒りの感情も人間の寛容な『許す心』で鎮めることができると思います。


怒りの心から『許す心』に変換する過程で、どれほどの心の葛藤があるか解りません。ですが、人は自分以外の人の気持ちに共感することができる生き物です。そのため、優しい気持ちに共感するというプラス感情だけでなく、怒りの感情などのマイナス感情も共感してしまうため、怒りの連鎖が起きてしまうときもあります。でもそれは、悲しい結末にしか至りません。そうなってしまう前に、『許す心』に変換できる強い気持ちを持ってほしいと思います。

怒りの感情をコントロールするのは人間だけに与えられた能力。

人は不快な情動を抱いた時、怒りや恐怖の感情を覚えます。これは、思春期の頃の言動を左右する部分と同じ扁桃体という場所に刺激が加わることで起こります。この怒りや恐怖の感情は、生命を維持するために働く本能的な部分で、危険を回避したり、相手を攻撃したりすることで死を免れようとする生物として重要な心の働きです。ですが、私達は本能のままに生きる動物とは違います。


いかにして、この怒りの感情をコントロールしていくかが人間としての質につながっていくのではないでしょうか。実際、怒りの感情を引き起こしにくくするには、怒りの感情を抑える脳内物質のセロトニンの分泌を増やすことがひとつの方法としてあるようですが、それ以上に小さい頃から自分自身で学習し、自分以外の人の気持ちを考えられる人間性を養うほうが、人として共同生活をしていく上ではとても重要になってくるのではないでしょうか。


地球上の他の生き物と人間との大きな違いのひとつに、前頭前野の発達があります。これは、自らの情動をコントロールし、思考を伴った行動を可能にする、人間らしい社会生活を営ませる部分です。前頭前野は怒りの感情もコントロールできます。つまり、怒りの対象を『許す心』に導くことができるのは、前頭前野が脳にある人間だけといっても過言ではないのです。


自分の心の中に怒りの波が押し寄せている時、『許す心』を考えるのは不可能だと思います。ですが、揺れ動く心の波が少しでも静かになった時は、その怒りの対象と向き合うチャンスです。「なぜ自分は怒りの感情を引き起こされてしまったのか」、「その怒りの対象は」、「その時どのような状態でどのような気持ちであったのか」ということを細かく分析してみてください

怒りの感情から解放し、楽にしてあげられるのは自分だけ。

自分が怒りの感情を持ってしまった時は、その対象物を敵とみなします。そして、敵に打ち勝とうとして、感情に任せて攻撃してしまうか、そこから逃げようとします。ですが、それでは人間としての成長もなく、また似たような出来事が起これば同じことを繰り返すだけです。


その対象から逃げずに打ち勝つためには、怒りの感情を抱いてしまった自分に打ち勝つことが初めの一歩だと思います。怒りの感情にとらわれた自分自身を解放し、心や身体を楽にすることができるのは自分だけです。心の傷が深すぎて怒りの対象と向き合えない方もいるかもしれません。そんな時は、その対象を知ることで、自分のモチベーションを上げる糧を得られるのではないかと思います。


『反骨精神』『反面教師』という言葉は、まさにこのことを意味するのだと思います。このような心の変化を自分でコントロールしていくことは、頭で解っていても現実的にはとても難しいものです。ですが、完全に心の傷が完治していない状態でも許す心のベクトルを持って行動できれば、自らの心が変化していくこともあります。


怒りの感情は自分自身を縛り付け、結果的に自分の時間や人生さえも振り回されてしまいます。長い人生を歩む時、石につまずいて転んでしまうことは必ずあります。ですが、そこで立ち止まっていても、石を投げつけて粉々にしても何も解決しません。どんなに傷が深くても、それを修復する力は自分自身に備わっています。道なき道を歩んでいく時、あなたの『許す心』がきっと新たな道を切り開く第一歩になります