自己受容力と回復力っなんですか?

「自分のことが嫌いです」という人がいます。

自分のことが好きでない人の多くは、自分のことについていい自己評価ができません。

「どうせ、自分なんて……」と思っていたりします。

アドラーはこれを「劣等コンプレックス」と名づけました。

劣等コンプレックスはとてもくせ者です。

自分でいい自己評価ができない半面、人からいい評価をされることを強く期待しています。

好かれたい、愛されたい、認められたいと考えています。

たとえば、「どうせ、自分なんて……」と言うと、

多くの人は「そんなことないよ、頑張ってきたじゃないの」と励ましてくれたり、認めてくれたりします。

自分で自己評価できない人は、その言葉を期待しています。

「どうせ、自分なんて……」と言っている人に「そうだね。どうせあなたなんて」と言おうものなら、憤慨されるでしょう。

人に好きになってもらいたい、愛されたい、認められたいと願うのは決して悪いことではありません。

ごく当たり前のことです。

しかし、自分では自分に価値がないと言うのに、他者には価値があると認めさせたいというのはとても矛盾していることです。

劣等だと言いつつも、その裏返しで優越を求めているのです。

傷ついたとき、失敗したとき、自己評価が下がってしまうことだってあります。

でもそのときに、自己受容力「人に評価されるのではなく、今の自分でいいのだと思うこと」

と回復力「自分には修復する力がある」「乗り越えることができる」

「もし、必要なものがあれば手に入れようと思う気持ちになる」が、困難を乗り越えていく力になります。

自己受容力と回復力

自分で自分の価値を決めるときに大きく関係するのは、自己受容力と回復力です。

今の自分のことを認めることができる力であり、過去にどんなことがあったとしても、

回復する力があると思うと、それを乗り越えてきた自分を認めることができます。

過去の自分がどんな自分であろうとも、今の自分を好きになることです。

今の等身大の自分のことを好きになって、自分で自分を認められるようになると、

徐々に人からの評価が気にならなくなってきます。

いい人になる必要はない

人のためにと考えて、自分のことはさておき親身になり、自分のことのように解決策を探すのに奔走したり、

自分が犠牲になってでも誰かのために奉仕する傾向が強い人がいます。

子どもために、夫のために、彼氏のためにと、自分のことよりも相手のご機嫌を良くするために何かをするという行動が見られます。

そういう場合は大抵、いい人と思われることが目的となっていると思われます。

お返しを求めてしまう傾向も強いようです。

お返しを求めてしまうと苦しくなっていきます。

なぜなら、常にお返しがあるとは限らないからです。

そして、お返しを求める人は、「私があんなにしてあげたんだから、あなたも私に同じようにするべきだ」と考えてしまいます。

しかし、期待通りにならないので、つらく苦しく腹立たしくなります。

相手は自分がしたのと同じようにしてくれるという保証はありませんし、

相手に自分がしたのと同じようにしなくてはならないという責任もありません。

自分がそんなに苦しい思いをするなんて、ばかばかしいことなのです。

そう考えると、いい人になる必要などないと思いませんか。

自分が本当にしたいことをすればいいのであって、いい人と思われたいことを目的に行動する必要はありません。

子どもために、夫のために、彼氏のためにというのは、お互いのためになっていないことが多いのです。

もし、自分がしてあげたいと思うなら、お返しはいらないと覚悟しておくことです。