上手くいかない理由は前世のせい?ヒプノセラピーの効果は?

ツインソウルとは魂の片割れである。

私には長い間大切に思っている人が居ました。初めて出会った時に強い衝撃を受け、私はこの人のことをずっと前から知っていると思ったのです。今までに感じたことのないような懐かしさを感じ、魂の深い部分が目覚めた気がしました。


けれども出会ってから何十年という月日の中で、会わせてもらえた回数や時間はごく僅かでした。1年に一度七夕に出会える織姫と彦星のほうが、まだましかもしれません。それでも不思議なことに、私が人生の中で苦しい時だけは、なぜか近いところに居て私を支えてくれました。本人はこのことは自覚していないと思いますが、それが一段落すると再び遠ざかっていきました。


その後、私はスピリチュアルな世界のことに触れるようになり、この人とは前世で生き別れになっていて、今生は大切な課題を共有するためのソウルメイトだということに気がつきました。だからといって今生では、私には私の、相手には相手の、それぞれの学びがあるので、魂の記憶のこととなると安易に伝えるわけにはいきません。


私は、今生で相手と出会ったのにはきっと何かもっと深い別の目的があるに違いないと信じていたので、それが何なのかをはっきりさせるまでは、相手には伝えないと心に決めていました。そしてそれがただのソウルメイトではなく、もっと深い意味を持つ魂の片割れといわれる「ツインソウル」だったということに気がついた時に、これまで起きた全てのことに納得がいきました。

ツインソールとは陰と陽の関係。上手くいかないパターンを前世から引きずっている。

この関係はもともと1つの魂で、お互いの魂を向上させるために今生に出会うといわれます。2つの魂は陰陽一対で、何度も何度も転生を繰り返しながら、深い学びをしあっている究極の相手だといわれ、相手から魂の成長のための学びを得るように促されます。この関係は根底に「拒否」とか「拒絶」というキーワードがあり、「ありのままの自分では愛されない」というパターンをずっと引きずってきているので、スムーズにはいかないようになっています。


今生はそういった関係を解き放ち、それを終わらせるために出会う最後の相手がツインソウルというわけです。そこで、これまでの「条件付きの愛」ではなく、自分にも相手にも条件や制限をつけない「無条件の愛」を学ぶことになるのです。


これまでの私は、相手からコントロールを受けていることに気がつくまでに時間がかかりました。これは、遡ると幼少期に形成された親子のあり方に起因しています。更には前世から持ち越している問題でもあるのかもしれません。

著者の私は自ら胎児期に「親の愛は不要」という魂に刻んでしまっていた。

私は、物心ついた時から母親に甘えた記憶がありませんでした。愛されたという感覚もあまりなく、自分もそれを望んでいなかったのだから問題ないとずっと思ってきました。母は私が幼い頃、姉と弟に手がかかり、ずっと振り回されていた印象がありました。


胎児期退行をした時に「親に手をかけさせないように、自分がしっかりしなくては」と決心していた私。その根底にあったのは、私のことは「愛してくれなくていい」という拒絶でした。一番愛されるべき母親の愛を自ら「要らない」と宣言してしまったようなものです。幼児期の決断は、深く魂に刻まれます。それで私は早い時期に親に手をかけさせないような「手のかからない子」を無意識のうちに演じてしまっていたのでした。


そして「愛情」について学ぶ思春期に愛を育むことを避け、自分の価値をディスカウントし、無意識にそこから遠ざかるようなことをしてしまったのです。心の中に何か満たされないものがあるということを感じとっていながらも、それが何なのかをずっと外に探し求めてきました。家庭という場所は、私にとって居心地の良い場所ではなかったからです。


結婚しても同じで、同居した家では肩身が狭く、そこを出て家族だけで暮らしてみたものの、私は「家庭」の中に自分の居場所を見つけられずにいました。

若くして母親になった私は、親から愛情の受け渡し方を学んでいなかったので、子育てにも戸惑いました。子供たちには至らない親で本当に申し訳なく思っていますが、これは私に限らずどこの家庭でも形を変えて起こりうることです。


その後、生みの母の家に移り住みましたが、そこでもやはり自分の居場所を見つけることができませんでした。ユダヤの民と同じようだと思いました。私は、置かれてきた環境の中で何度も形を変えながら、「家族のあり方」を学ばされることになりました。それは、代々繰り返されてきた負の連鎖を私の代で断ち切るためだったように思います。それは、これから続いていくであろう子孫へ、私が残してあげられる唯一の贈りものだと思っています。


私が、この人生でずっと探していたものは、前世で逸(はぐ)れた魂の片割れでした。それはもう1人の自分でもあったのです。そしてそこから学ぶものは、全てを超越した「無条件の愛」です。この「無条件の愛」は、両者が完全に覚醒した時に魂レベルで再会できるということですが、この「両者が」というのがクセモノで、同じように覚醒するというのはかなり厳しいミッションのようです。


このパターンから抜け出すには個としての自分に自信を持つことが求められ、自分の才能を知り、自立への道を歩まされることになるのです。私がセラピストになり多くの経験をしてきたのは、そのためだったような気がしています。もし今生に魂の再会を果たせる時が来たのなら、或いは、それを解き放つことができたなら、私はもうどこにも行かなくてもよくて、そこに心の底からの安らぎを得られる安住の地を見つけられるのかもしれません。