リノベーションのメリットとその背景。

リフォームとリノベーション

よく似た言葉だが、最近は使い分けられることが多い。

前者は、新しくするということに重きが置かれている。

後者は、手を入れることによって建物の価値を高めるといった意味合いが強い。

建築家に設計・監理を依頼し、壁紙を貼り換えるだけとは考えにくいので、

私達が求められるケースは概ねリノベーションと言ってよいだろう。

では、なぜ新築でなくリノベーションが選択されるのかを考えてみたい。

その動機の多くは、主に以下のようなものだった。

A 新築より費用が抑えられる

B 敷地の条件などによって、新築が難しい

C 既存建物に愛着がある

それぞれの理由が複合しており、完全に3つに分けられる訳ではないが、概ねこのような動機が多かっただろうか。

費用に関しては、どこまでの工事をするかによって本当に様々だ。

構造体だけ残し、他の部材をほぼ撤去する方法をスケルトン・リノベーションと言う。

既存の構造体を活かし、補強しながら物を生まれ変わらせることができればもちろん新築より費用が抑えられる場合もある。

建築は大きなものなので、その場には一つしか存在できない。

工事費も詳細な図面が完成するまではあくまで予想でしかない。

よって、本当の意味で費用を比べることができないのも建築の特徴と言える。

それでも、総じて言えばAの要因はやはり大きい。

しかし、新築と違い現場で臨機応変な判断が求められるリノベーションは、

設計においても現場監理においても経験がものを言う。

また、熟練の施工会社でなければ、見積りを出すことさえ難しいものだ。

インテリアデザインやリノベーションは建築家の仕事と思っていない、との記述を以前読んだことがある。

それを聞いて、当社のイタリア人スタッフは笑っていた。彼はイタリアとスイスの建築設計事務所で働いた経験を持つ。

特にイタリアでは街並みを守るため新築は厳しく制限されている

地震が少ない石やレンガの建築であることも影響しているが、

それらを差し引いても建物や街への愛着は非常に大きいものがあると感じる。

外観は200年前のまま、内部は最新の設備ということがよくあるのだ。

例えばミラノ市街地は、道路に小さな花崗岩が敷き詰められている。

よって、車で街に帰ってくるとガタガタと走り難い。

しかしミラネーゼ(ミラノっ子)は、その振動で「自分の街に帰ってきた」と感じるという。

街は何千年も前から存在しているのだからと。

もちろん、日本人にも自分の街に愛着を持っている人が沢山いる。

しかし、流通の進歩、大量生産・大量消費社会となり、

経済の原理だけで決まっていることがあまりに多くなりすぎたのではないだろうか。

我々建築家もコストパフォーマンスは常に求められるが、コストパフォーマンスのよい人生とはどのようなものだろうか。

効率良く生きて、効率良く……。それを考えると、少し背筋が寒くなる思いがするのだ。

生きるということは、そもそも非効率なところに意味があったりするのではないか。

建築は、街を構成する大きな要素でもある。また、その景色はそこで暮らす人の原風景となる。生まれ故郷に帰っ

たとき、長屋が高層マンションに変わり、田んぼにコンビニエンスストアが建っているのを見て、

心から喜べる人はそういないのではないだろうか。

古びるには「古美る」の字があてられていたという。古いものは美しいと単純に置き換えてもさほど間違っていないと感じる。

反対に言えば、その時間に耐えられるものこそが美しいともいえる。

物も生き物も同じだが、時間軸を無視して本質は見えてこないのだ。

建築が人の幸福を実現するためだけに存在するのは間違いない。

その空間のなかでは、人が暮らすという大きな役割を担っている。

建築は無機物だが、機能という血管に愛情という血液が流れ始めると、心が通い始めるのだ。

現在、私達の仕事は7割が新築である。よって、新築を否定するつもりは全く無い。

しかし、そこに建築があったなら、それを環境だと考えるくらいの意識がこれからの時代には必要だと思う。