人生の出来事全てに意味がある!私が学年一人で育った経験談

学年一人で育ったことの過去と意味

「自分自身を見る」という視点について、僕自身の話をしましょう。

僕は子どもの頃、「学年一人で育ったことは良いことなのかどうか」を考えていました。

心の中では「良いことであってほしい」と願いつつ、内心は不安でした。

一人で育っても、ちゃんと大人になれるのか、社会に出ていけるのか、いろんなことを考えていました。

小学生の頃から考え始めましたが、中学校に入るとその悩みはなくなりました。

当時の先生たちは「人数が少ないからこそ、できる教育がある」という姿勢でさまざまな体験学習をさせてくれました。

先生や親が自信をもって学校生活を支えてくれたからこそ、

僕は学年一人で育ったことに誇りを感じることができるようになりました。

高校や大学に入ると、今度は学年一人で育った経験が足を引っ張りました。

空気が読めない、周りに合わせるのがイヤ、田舎者っぽい…

集団生活になじめなかったり、世間の常識がよくわからなかったりして、この時期は一人で育ったことを後悔していました。

結局は、いろんな人と出会ったりたくさん本を読んだりしたおかげもあって、

「学年一人の経験が良いか悪いかを決めるのは、自分自身」という考えに行き着きました。

良い経験をしたと決め、何か意味があると信じて行動すれば、自然とその経験は活かされるようになります。

今では、僕は学年一人で育った経験を誇りに思っています。

人との衝突や疎外感、不安や孤独ももちろんたくさんありましたが、全部をひっくるめて今の自分があると思っています。

そして、僕の経験、僕の人生には、大きな意味があると思っています。

なぜ僕が「学年一人」で育ってきたのか…

「自分と向き合うこと」の大切さを伝えるため

一人で育ってきたということは、それだけ自分の心の声に耳を傾ける時間や、自分自身について考える時間が長かったということです。

その分、誰よりも自分と向き合うことの楽しさや大変さがわかります。

それを少しでも多くの人に伝えるために、今この事業をしています。

先ほど述べた通り、僕も「世界の中心」です。

そして僕が創っている世界は「誰もが自分を好きでいて、誰もが素晴らしい才能をもっていて、誰もが夢や理想に生きている世界」です。

僕の周りには素晴らしい人がいて、人生は生きるほど楽しくなって、願ったことが思い通りになって、

学年一人で育った自分には特別な才能がある…

そんな世界にしたいと願って、僕は今を生きています

(そして今のところは、確かに願った通りになっています)。