対等・横の関係で成り立っています

アドラー心理学の基本的なあり方の一つに、横の関係があります。

上下関係・支配関係ではなく横並び・対等の関係という意味です。大人も子どもも男性も女性も対等であるということです。

これは学校教育で知識として私たちはすでに学んできていると思います。ですから頭の中にしっかりとあるはずなのです。

しかし、日常生活の中で、横の関係が実践的に根付いているかというと、そうではないようです。

たとえば、親が子どもに待っていてほしいと頼んで、待ってもらった後で、

「いい子だったね」とか「よく待てたね」と声をかける姿をよく見かけます。

しかし、これが子どもではなく、夫だったり、友人だったりしたらどうでしょう。

さすがに「よく待てたね」なんて言いません。

もし、そう言われたら多くの大人はバカにされたと感じるでしょう。

無意識のうちに、子どもだからという上下関係ができているのです。

では、子どもにどう言えばいいのでしょう。

それは、友人と接するように「待っていてくれてありがとう」だと思うのです。

横の関係というと、親子がため口で会話することを横の関係だと勘違いされていることもあります。

たとえば、ため口で会話をしていてまるで友だちのようであったとしても、子どもに対して、

「宿題をしないとダメだよ」と指示をしていたり、

説教のようだったりしたら、対等であるとはいえません。

子どもの意思を確認せずに、親が善かれと思ってすることもありますが、

それも上下関係からくるものです。そうすると、子どもが反発したとき、

親は子どもが親の気持ちをわかっていないと感情的になりがちですが、

子どもの側からいえば、頼んでもいないことを勝手にされたので、

反論して自分の意見を言ったら怒られた、ということになります。

男女の関係でも同じことが言えます。相手によく思われたい、嫌われたくない、

過度にいい人でいなければいけないと意識しすぎてとった行動に対して、

相手がさほど感謝してくれなかったり、無反応だったりすると、腹が立ってきたりします。

こんなにしてあげているのにどうして?と思うでしょう。

相手が自分の思い通りの反応をしてくれなかったとき、なぜ思い通りになってくれないのかと思います。

そして、悩みます。それはやはり、相手に自分の思い通りの行動をとってもらいたいという気持ちがあるためです。

思い通りに支配する関係ではなく、対等に協力する関係になることが、さわやかな対人関係のあり方といえます。

相互尊敬・相互信頼の態度

尊敬や信頼というと、なんだか難しそうな印象の言葉だと思われたでしょうか。

尊敬というと、私たちは目上の人で立派な人や偉人に対する、

あがめ奉るような態度を想像してしまいますが、アドラー心理学でいうところの尊敬は少しニュアンスが違います。

尊敬とは、年齢、性別、職業、役割、過去の実績などに関係なく、

また何もできない状態であったとしても人間の尊厳にはいささかも違いがないと受け入れて接することです。

信頼とは、相手を信じることです。よく似た言葉に信用がありますが、どう違うのでしょうか。

信用は、信じるに値する根拠があって、初めて信じることです。

相手がちゃんと言うことを聞くから、いい成績をとるから信じるということです。

銀行などの金融機関も、返済できるに値する根拠がその人にあるから、信用してお金を貸します。

信用は条件や担保があって初めて信じるということです。

では、信頼はというと、相手がどのような状況にあろうと、どんな背景があろうと無条件でその人物を信じることです。

困った行動をしたという行為と、その行為をした人物とを分けて考えると、行為は不適切だったかもしれないけれども、

それをしてしまったその人物は人として不適切な人間ではなく信頼することができる、と考えればわかりやすいかもしれません。

たとえば、万引きをしたという行為は不適切な行為ですが、

その行為をした人間は人として不適切な人間ではないと信じるということです。

信じると決めたら無条件で、きっとこの人は改心すると信じるしかないのです。

それが信頼ということです。

相互尊敬・相互信頼と言いましたが、基本的には自分から先に、

そして自分からより多く、尊敬し、信頼することです。