時代共に社会や働き方は変化する。過去を例に考えてみる記事。

マネジメントを取り巻く環境の変化

マネジメントを取り巻く環境が変化していることは言い尽くされていますが、

ここでおさらいして皆さんと認識を合わせておこうと思います。

ここ50年間を大きく捉えてみると、大きな環境の変化はなんといっても、

経済面では高度経済成長から安定経済成長への移行、バブルの崩壊。

技術面ではコンピュータの発達、インターネットの普及、さらにインターネットの普及に伴うグローバル化でしょう。

このグローバル化は政治、経済、社会、技術の各方面に大きな影響を及ぼし、複合的に様々な変化をもたらしています。

それらの変化によって、マネジメントを支える人事制度も変化しています。

戦後の人事制度は高度経済成長期の団塊の世代を対象にして設計されていました。

新卒一括採用で終身雇用を約束し、多くの企業は職能資格制度を導入しました。

この職能資格制度は能力に合わせて資格等級を格付けし、資格等級が高いと高い業績に結び付くという基本的な考え方があり、

同じ職能資格であれば、異なる部署の社員でも同じ給与となります。

そうすることで、経験したことがない部署への異動も命じやすくなります。

もし仕事の成果のみで評価されていると、営業担当者に経理部門への異動を命じても

「私は営業では成果を出せますが、経理部では成果を出すことができないので、異動はお断りします」ということが起こります。

職能資格制度のように異動による給与の変動がなければ、異動先でじっくり新しい業務に取り組むことができます。

給与体系は職能資格制度に連動して、結婚や出産、育児、子どもの教育などのライフサイクルに合わせて設計されているので、

社員は安心して仕事に専念でき、会社への忠誠心も高まります。

社内では職能資格で評価されますから、上位の職能資格になることが〝出世〟となります。

職能資格は、企業によって多少名称が異なりますが、「主査」「主任」は係長クラス、「主事」「参事」は課長クラス、

「参与」「理事」は部長クラス。基本的にその職務能力に見合う職能資格に昇格した後に、

係長や課長、部長のポストが与えられるという仕組みです。

たとえ係長や課長のポストにつけなくても、主任や主査などの職能資格で処遇が決まります。

また、それぞれの職能資格に求められる能力要件が明確になっていますから、仕事を通じて上位職に必要な能力を伸ばせば評価につながり、

能力を高めることで上位職になろうという意欲を喚起することができます。

このような制度のもとで、新卒一括採用制度で同じ年に入社した〝同期〟は一堂に会して新入社員研修を受け、仲良くなります。

その反面、出世レースのライバルとなる

同期のなかで多くのメンバーが昇格する年も入社何年目と概ね決まっており、

それより1年早い、1年遅いでその後の出世のスピードが変わってきます。

上位の職能資格になればなるほど、同期の中で昇格する人が少なくなります。

いわゆる徐々に〝ふるい落とし〟ていく制度です。

多くの社員の採用が必要であった時代、団塊の世代の多くの人たちが採用され、

〝ふるい落とし〟の人事制度に基づいて、同期で一握りのメンバーのみが企業の幹部に残っていきました。

その時の出世レースに負けた残りの多くの〝同期〟は、課長や部長のポストに就けなくても、

またたとえ昇格が遅れても、職能資格の主事や参事などになって給与とステイタスは与えられます。

努力して能力を伸ばしているうちにポストが空けば、課長や部長に就任できる可能性も残っています。

そういう仕組みで会社は、社員に対して動機づけしていました。

新卒一括採用と終身雇用が前提の時代では、このような職能資格制度が有効でした。

ほぼ同じ属性(最終学歴、出身校、性別)をもつ多くの〝同期〟社員を評価し処遇していくことが必要でしたから、

個別管理より集団管理がしやすい制度が必要だったわけです。

「効率的な制度を導入すれば、社員をうまく誘導できる」と思われる傾向がありました。

しかしそこには「制度を運用する現場の管理職をいかに教育し、

評価基準と評価方法を平準化するか」という制度運用面の強化についての課題がずっと内在していました。

そして経済成長が低迷してくると、職能資格制度がもつ様々な弊害が表面化してきました。

そもそもこの職能資格制度は能力に合わせて資格等級を格付けし、

資格等級が高いと高い業績に結び付くという前提で設計されていましたが、

資格等級が高くても担当する仕事の難易度や生み出す成果は必ずしもその資格等級に見合うわけではありません。

しかしその資格に見合う成果を出さないからといって降格の仕組みもありません。

また直接評価する上司が「能力がある」と判断すれば昇格推薦がなされます。

評価者によって〝甘辛〟が生じやすくなり、

評価が年功重視になる傾向があります。

さらに若くて優秀な社員を抜擢して仕事を与えても、

資格等級を上げることができず成果に見合った給与面での処遇ができないことがあります。

職能資格制度は理論的には素晴らしい制度ですが、このように運用実態が年功重視に偏り、

総人件費は上昇傾向になってしまいます。

限りある人件費のなかで、成果を出している人を評価して処遇したいという低経済成長時代の企業の思惑にはそぐわなくなっていました。

これに代わる制度として、「アメリカで効果が出ている」として成果主義による評価制度を導入した企業もありました。

しかし短期的成果で評価するので、上司は部下が努力しているプロセスを評価しない、部下同士が助け合う協働体制が取れない、

成果に確実につながる仕事しか取り組まず難しい仕事にチャレンジしないなど弊害が多く出るので多くの企業は導入しませんでした。

導入しても元に戻した企業もありました

その後、年俸制や役割貢献制などを導入していく企業もありますが職能資格制度に代わる〝決め手となる制度〟は見つかっていません。

職能資格制度は、高度経済成長期の団塊の世代を対象にして設計された制度です。

団塊の世代の方々はこの数年間でほぼ退職されましたが、団塊の世代に教育・指導を受けてきた多くの方々はこの制度に長く慣れ親しんでいるので、

なかなか抜本的に制度を変えることができず、会社の実態に合わせながら少しずつ職能資格制度を変更しているのが現状です。

もちろん企業の状況に合わせた制度設計も大切ですが、制度を運用していくマネジャーの部下への関わり方のトレーニングはもっと大切です。

終身雇用が崩れていくなかで、いかに優秀な人材を育て、いかに優秀な人材が辞めずに成果を出し続けるかという大きな課題が出てきます。

年功序列に陥りやすい人事制度と制度運用面の課題を抱えたままでは、優秀な社員はモチベーションを維持し続けることが難しくなり、

より働き甲斐を感じる会社へと転職していく可能性が出てきます。

制度は、設計と運用がセットで機能します。人事制度を運用していくのは現場のマネジャーです。

同じ制度であっても、部下のモチベーションを高め成果を出し続けているマネジャーとそうでないマネジャーがいます。

制度だけの問題ではありません。制度の如何を問わず、マネジャーが部下にどのように関わっていくかが大きな課題となります。

またコンピュータの進歩によって多くの人たちの働き方が変わりました。

例えば、私が入社した1980年代の大阪支店の業務課では、5~6名の経理担当者が机を並べて一斉にそろばんを弾いていました。

一般的になりかけていた電卓よりも、そろばんの方がずっと速く経理処理ができるからです。

また医薬品卸店からの医薬品の受注は、一部ファックスを利用する卸店もありましたが、基本的に電話がメイン。

電話を受ける受注係は10名近くいました。

しかし10年もしないうちに、経理処理はコンピュータで、受発注はインターネットで処理されるようになりました。

それまで多くの人で処理していた仕事をコンピュータやインターネットが取って代わるようになりました。

少数の社員がコンピュータやインターネットを使いこなして多くの処理をするようになったのです。

ルーチンの仕事を指示された方法で粛々と取り組んでいくのではなく、社員の仕事は企画的な内容にシフトしていきました。

また生産現場でもコンピュータの発達で生産ラインはロボット化されています。

それを操作したり、機械の改善箇所を発見し改善できる社員が求められています。

明らかに仕事の質が変わりました。

これからもマネジャーには、ますます自律的で創造的な社員の育成が求められていくでしょう。