ビジネスの仕組みがわからない?それは人の役に立つこと!プラス何?

「ビジネスの仕組み」ってそもそも考えたことはある?

毎日何気なく通っているうちの会社も、当たり前だけどいくつものビジネスの仕組みが成り立っている。

取引先だって、そのまた取引先だってそうだよね。

会社にビジネスが成り立っていなければ、存在価値、存在意義がなく、そもそも存在すらしていないもんね。

ビジネス=商売、取引、事業などの意味で使われることが多いけど、ここでは仮に「商売」としようと思う。

では、商売の仕組みって考えたことはあるかな?

とくに、自分が勤めるこの会社の商売の仕組み。

毎日8時間以上、自分の貴重な時間を費やして携わっている会社、それも商売自体に直接関わっているはずなのに、

その商売の仕組み、そもそもの成り立ちを考えることってホント少ないよね。

おそらく、入社直後の新人研修の中で「我が社の沿革は……」っていう項目でさらっと学んだことぐらいだろう……。

「いつか誰かがこの商材をあの人たちにこう売ったら、商売が成り立つんじゃないか?」と考えた人がいたんだろうね。

それが、今のこの会社ができる発端のできごと。

それがなかったら今も存在していないし、オレもりょうすけも働いてはいない。

それが初めからうまくいっていたとは限らないし、もし最初はうまくいったとしても、

その後いろいろな試行錯誤の末に、今の商売の形になってきたんだと思う。

ここでは、誰がどのタイミングで、「これは商売として成り立つじゃないか!」と思ったのか、

「これをこうしたらもっと儲かるんじゃないか?」と考えたのか、何を根拠にそう考えたんだろうか?

ということを少し掘り下げていきたいと思う。

りょうすけの家族や親戚の中で、自営業の人っているかな?

以前、父さん母さんが自営業やってたけどやめちゃった……とか、

おじいさんが◯◯屋だったということもあるかもしれない。

もっと広げて遠い親戚まで探してみると、1人や2人は自営業の方がいるんじゃないかな。

実は、オレのおばあさんも自営業で赤ちょうちんの小さな飲み屋をやってたんだよね。

もとはというと屋台でやっていたものを、

オレの生まれる少し前に住居兼店舗の小さな家を建ててそこで「鳥鈴」の屋号で営んでいた。

今ではホント少なくなってしまったけど、70年代の居酒屋といえば、チェーン店の飲み屋さんなんてほとんどなく、

自営の父ちゃん母ちゃんがやっているような赤ちょうちんが主流の時代だった。

会社勤めの背広を着たサラリーマンや工場勤めの人々が同じ狭い店舗の中で、

肩や背中をぶつけ合いながらもワイワイがやがやと飲んでいたのを記憶している。

サラリーマンが家路に向かう途中、会社の愚痴を言いながら一杯飲んで鬱憤を晴らす、そんな拠り所だったんだと思う。

たいした料理を出していたわけではなかったよ。今ざっと当時のメニューを思い出すと……

・ 焼き鳥 ・・・・ 炭火で焼いてたなあ。タレか塩かで

・ おでん ・・・・ 具材はスーパーで仕入れたもの

・ 肉豆腐 ・・・・ 豚バラと豆腐を煮込んだもの

この3品がメインで、あとはその日の気分で仕入れたもの。

飲み物はビール、焼酎、日本酒のみ。

60代後半のおばあさんがほぼ1人で運営する飲み屋だもん、洒落たものは出せないよね。

それでも毎晩たくさんの会社勤めのサラリーマンが、店の外まで椅子替わりのビールケースを出して飲んでいたのを今でも記憶している。

隣の家に住む孫としてみれば、当時はあんまり嬉しい環境じゃあないよね。

遅くまで隣ではワイワイがやがやしているし、

冷蔵庫のビールがなくなれば「おーいちょっとー!ビール入れるの手伝ってくれよ~」ってオレに声が掛かるしでさぁ……。

中学生になると、何かのきっかけで先生が来るようになっちゃってさ。担任と部活の顧問の先生。

このときも、おばあさんに呼ばれるんだよ。「先生来てるから、ちょっとこっちきて、お酌しな!」ってね。

そりゃあ、嫌々でもお酌したよ~。

当時はホントそれが普通だと思っていたしね。おかげで中学の成績は、すこしは得点稼ぎができたんじゃないかな……。

オレの思い出話はさておき、60歳を超えたおばあさんのこんな飲み屋でも、

当時は結構賑わっていたんだけど、それはお客さんのニーズがあったからということだよね。

何がよかったんだろうと今になって改めて考えてみたんだ。

(1)誰が来ていたか?

大手企業の工場勤めや事務職の会社員

(2)なぜ鳥鈴に来ていたのか?

・ 価格が安かった

(ばあさんのどんぶり勘定でどんなに飲んでも2000円、飲まなかった日でも2000円だったと後から聞いたことがある)

・ アットホームな雰囲気でお客さま参加型

(混み合うとビールは自分で冷蔵庫から取り出し、足りなくなれば自分たちで補充することになる)

・ そこに行けば誰かしらお客がいるか、ばあさんが話し相手になるから寂しくない

(3)鳥鈴があるベネフィット(存在価値)

・ 帰宅前のサラリーマンのストレス発散の場

・ 気取らず愚痴を言いやすい環境

・ 自分の母親に近い存在のばあさんとの会話

・ 懐にも優しい会計

・ 放っておかれることがない狭い場所での自分の居場所

今更驚いたのは、飲み屋なのに料理では勝負していないところ。

それ以上の価値、店の雰囲気が勝っていたんだろうね。

オレも40歳を過ぎた今になって、ようやく当時のお客さんの気持ちが分かるような気がする。

多分、ウチのおばあさんもそれに薄々と気づいていたんじゃないだろうかね。

料理が自慢でなくても、店が綺麗じゃなくても、若い女の子がいなくても、

それでもサラリーマンが寄ってくるお店を私ならできるんだっていうことに……。

それも嫌々やっていたんじゃないんだよ。「どうしても店を出したい」っていって住居を改装して店舗にしたらしいから。

自分の資質が分かっていたんだろうね。今思えばね。

さてさて、かなりディープな身内ネタになってしまったけど、

このテーマで話そうと思ったとき、ふと頭によぎった「わが愛しの赤ちょうちん」の話になってしまったよ。

子どもながらに、さまざまな人間模様と欲求欲望と商売の成り立ちを知る機会になったことと思うし、

今のオレ自身の根底には、その商売根性が詰まっているんだと思う。

決して大儲けしたお店とは思えないが、それでもおじいさんおばあさんが苦労なく食べていけて、

孫には小遣いを与えられ(それも結構頻繁に)外食やたまの旅行にも行けるだけの稼ぎをもたらしてくれる商いであったことは事実。

それも15年間も店舗経営を続けられていたんだ。

ちなみに、おばあさんは、小学校を1年生までしか通わせてもらえていない。

あとは奉公に出されるのが当たり前の時代。

それでも10年以上続く商売はできるってこと。何か商売のヒントがそこにはありそうだと思わない!?

りょうすけの家族や親戚で、会社でも自営業でも何か営んでいる人や以前営んでいた人を思い出したかな?

10年近く続けられているのだったら、そこには何かしら学ぶべきポイントがあるんじゃないかなと思うよ。

もちろん今のこの会社のビジネスの仕組みを学ぶのも大切だと思うけど、身近なところで営まれているビジネスが、

どんな人々の役に立っていて成り立っているのか、その生い立ちから仕組み、

他社にはない特徴を知るのもとってもいい勉強になるんじゃないかと思うんだ。

ビジネスって遠い世界のものではなくすぐ近くに存在していることを意識してみようよ。

けんにぃからの今日のアドバイス

身近なビジネスがどんな人々の役に立っているのか?

それで他社にはない特徴はどんなところかを考えてみる。