子どもに正しい事を伝える声かけは楽しませてなんぼ。

人を傷つけずに「正論」を伝える。

あなたの「正論」はどのくらい人を楽しませていますか?

ここでは講師や教員をされている方、保護者の皆さま、

あるいは社会生活で人の上に立つ方々にぜひとも

「正論は他人を傷つける」

ということを考えていただけたらと 思います。

例えば、生徒さん、お子さまに対し

「あなたは宿題も 忘れるし、遅刻欠席も多いし態度も悪い、

さらにやる気 も見えない。そんなことでは成績は上がるわけがない」

と正論を言っても、それが「即やる気」になるわけでは ありません。

「はい! 私が間違えていました。これからは心を入れ 替えて頑張ります!」

なんて、30年前のドラマのような セリフなど期待する方が無駄な労力です。

話していることすべてが正論でも相手が反省し即やる 気になることはありません。

なぜかって……?

「正論に対しては反論ができませんし相手が傷つきねじ曲がるだけ」だからです。

同じようなことが数年前に政治の場でも起きました。

言葉は「言霊」。

ある団体が都議会議員選挙前にある場所で、

総理大臣 に対し「死ね」「辞めろ」と連呼していましたが、

たとえ 自分自身が支持していない議員さんや政党だとしても言わないしまず言えません。

あるいはどれほど好きではない相手に対してでも、

そのような言葉を発する習性を私自身は持ち合わせていません。

なぜなら、私たちは宗教的な視点は抜きにしても「言霊思考」を持っているからです。

かつてネットいじめが問題になったときも、「死ね」と いう文字が軽々しく使われていました。

匿名性の高いネット社会の背景に慣れた世代が、

今度は平気で表立って「死ね」という言葉を発するようになります。

問題は、あくまでもネット社会というバーチャルな場に吐露されたホンネを、

国会という表舞台に引っ張り出し、

「国民が許さない」とか「国民がどう思うか」など、

あたかもすべての国民が支援しているかのごとく発言していることです。

総理も正論で返すという下手を打ちました。

「そんな誰が言ったかもわからない匿名の文章に」

などと「正論」 で答えたものですから余計炎上してしまいました。

つまり正論は相手を傷つけ、そうした「心の機微」を

二世政治家の総理は理解できなかったのだと思われます。

結果、国会前で「あれは私です」というプラカードを持った女性たちが

デモを行う事態を招きました。

お伝えしたいのは、ぜひ皆さまには

「上手な言葉と心をお子さまに使いこなしていただきたい」

ということです。

長い目で見ればそれが人間関係にとっても有益なことです。