コーチングのプロが教える、筋肉の緊張は感情にも緊張を及ぼす話。

コーチングの素晴らしいところ

研修が終わったときに、毎回、感じることは、受講生が変化していることである。

特に刑務所や少年院では顕著である。

彼らは、社会生活を学ぶために、規律正しさを求められる。研修は担当職員の号令によって、

「起立、気をつけ、先生に対して礼」から始まる。

そして、彼らは、号令を聞き、礼儀正しく礼をする。だが、どこかぎこちない。

必要のない筋肉まで収縮させているからだ。

私たちは、誰もが幸せになりたいと願っている。今よりもより良く生きたいと願い、努力しようとする。

しかし困ったことに、何をどう努力すればいいか、という答えがなかなか見つからない。

努力する方法が見つからない間は無駄な努力をすることになる。

「起立、気をつけ」で、身体をまっすぐにしようとして、

目線は多少上を向き、両肩、胸のあたり、肩甲骨から、腕に、特に力が入る。

無駄に力を入れると身体はかえってぐらつく。そのぐらつきを抑えるためにますます力が入る。

上半身に力が入っているので、顔の表情筋にも力が入り、表情は硬いままである。

筋肉の緊張は感情にも緊張を及ぼす

私たちの心身は有機的一体なのだ。身体が緊張していると、気持ちも緊張する。それは簡単に証明することができる。

スキップしながらは泣けないし、へらへら笑いながら猛ダッシュもできない。緊張が悪いわけではない。

意識していない状態の変化であっても、そこには必ず理由がある。実力以上に良く見られたい、良くしたい、

と思ったときに私たちは緊張する。見栄だとか、虚栄心だとも表現されるが、良く見られたい、より良くしたい、

と思うのは、ごく自然な考えの一つである。緊張は筋肉の収縮であり、向上心の表れでもある。

だが、向上心があっても、緊張したままでは学習効果は低い。

できるだけ早く緊張を解いて、自然な状態になってもらう必要がある。

研修は、彼らの緊張を解くことを最初に行う。彼らに自然に振る舞ってもらうためには、

私が先に自然に振る舞う必要がある。自然に振る舞うには、練習が必要だ。練習するためには「型」が必要である。

スポーツでも「セオリー」といわれる型がある

たとえば野球では、ノーアウトランナー一塁の場合、一塁方向に転がす送りバントがセオリーである。

私は高校、大学とソフトテニス部に所属していた。ソフトテニスはシングルスよりダブルスが主体である。

ソフトテニスにも試合運びの型がある。たとえば、相手のボールがベースラインに乗るほど後ろのほうに飛ばされて来た場合である。

ベースラインの近くまで飛んできたボールを、「長いボール」という。

長いボールは、ベースライン辺りでバウンドして、さらにコートの外へと飛んでいく。

そのボールを返球する後衛選手は、返球するために、ボールよりさらにコートの外側からボールを打ち返す。

打ち返したボールが相手のコートに届くまでの距離が長い分、時間も多くかかるため、相手は時間的な余裕ができる。

そのため、長いボールの返球は、こちらも時間の余裕を取るために、

ロビングという高くて長いボールで返球するのが、一つの型である。

型があることによって、何が上手くできて、何が上手くできないのかがわかりやすくなり、

何を練習したらいいのかが、自分で評価しやすくなる。