時には不遇な出来事の中で見つかる自分もいる~陰陽師のコラム~

ライフワークって何だろう?

私の実家はお寺です。私は埼玉にあるお寺の長男として生まれました。

それなのにまったく違う仕事をしているので「お寺を継がないのですか?」と尋ねられることがたまにあります。

実は、本来ならば私が父の跡を継いで、住職になるはずでした。

私は大学まで自由に過ごし、その後は父の跡を継ぐものとして、実家のお寺で住職になる予定でしたし、

両親もそう願っていました。でも、実際にそうはなりませんでした。

学生のころ、特に周りの友達が就職活動をしているの見て、私も会社員になって就職してみたいと思うようになったのです。

当時の私には、お経をあげたり、地域の檀家の人たちとかかわったりするよりも、

自分の知らない大勢の人が働く会社に興味があったんですね。

そして両親に内緒で就職活動をして、企業から内定をもらうと、親からはほとんど勘当扱いにされてしまいました(笑)。

おまえは何をやっているんだ、と。そして一番迷惑を被ったのは当時高校生だった弟だと思います。

彼は私のかわりに無理やり跡継ぎにさせられてしまいました。

今だからこうして話すことができますが、当時は本当に大変な事件でした。

弟は学校を卒業してからしぶしぶ実家の仕事を手伝い始めました。

父はその後間もなく病気で亡くなりました。

弟は思ったよりも早くひとりであらゆることを引き受けなくてはならなくなりました。

おそらくそれは彼にとって心躍るような楽しい時期ではなかったはずです。

当時の父や私にいい感情を持っていなかったことを後から聞かされました。

ここから先はまた聞きの話になります。住職というのは檀家さんとのおつき合いがあるわけですが、

彼もまた法事やら何やらで地域の方々と接する機会がありました。そこで先代、つまり亡くなった父の話をよく聞かされたそうです。

ずっと昔からおつき合いのある方々は弟にまだ若かった父の話をしてくれたそうです。

「お父さんは昔、こんな話をしてくれたよ」

「お父さんは以前、こんなことをしてくれたんだ」

それは弟が知っている父の姿とはまったくかけ離れたものでした。父は家の中では仕事の話をまったくしない、無口な人でした。

弟は自分の知らない父親の意外な話を初めて耳にしたわけです。

地元の方々と話すうちに、弟は自分の持っていた父親の見方が大きく変わっていったといいます。

そしていつの間にか、自分が父の跡を継ぎ、住職としての務めを果たすことに違和感がなくなっていることに気づきました。

むしろ「これでよかったのだ」と思えるようになったというのです。

この事実を知った時、私が持っていた弟への気持ちも変わりました。

ひょっとしたら、弟は私よりも父の跡を継ぐのにふさわしい人間だったのではないかと思うようになったのです。

私はいまだに社会的に見ればよくわからない仕事をしているダメ兄貴ですから、偉そうなことを言える立場ではないのですが(笑)。

もしも、天命というメッセージのようなものがあって、その人の進む道を示すコンパスのようなものがあるとしたならば、

それはいつも甘美で心地よいものとは限らず、時にはむしろ、わかりにくく、不遇な出来事の中にあるのではないかと思った次第です。