世界初の女性キャビンアテンダント物語~陰陽師のコラム~

世界初の女性キャビンアテンダント

今でこそキャビンアテンダントは女性が普通に就ける仕事になっていますし、ずっと人気の職業です。

そしてかなり早い段階から、女性が進出した仕事でもありました。

実はそれは、あるひとりのアメリカ人女性の功績がとても大きいのです。

その人の名前はエレン・チャーチといいます。

彼女はもともとアイオワ州に住む看護師でしたが、幼いころに見た飛行機のことが忘れられず、

仕事をしながら飛行機の操縦免許を取得してしまいました。

女性が飛行機の操縦免許を取るのは、当時とても珍しいことでした。

それだけでも驚くべきことですが、彼女はさらに自分を操縦士として雇ってくれる会社を探し始めたのです。

そもそも女性の社会進出が進んでいない1920年代に、それはかなり無謀とも言える行為です。

航空会社が女性を雇うということがそれまでなかったのです。

ましてやパイロットとしては……。

そうした背景もあり、どこへ行っても結果は不採用になってしまいます。ところが彼女はあきらめませんでした。

今度はある突飛なアイデアを航空会社に持ちかけます。その内容とは、次のようなものでした。

「私を客室乗務員として採用してもらえませんか? 看護師が乗っていれば、乗客の不安はやわらぐはずです」

このアイデアも、航空会社は受け入れませんでした。ところがそれでもあきらめずに活動するエレンの姿が、

ある日ひとりのマネージャーの目にとまります。

彼はエレンを3カ月間という短い間だけ、試しに乗務させるという約束をしました。

そしていざ、飛行機に乗ってみると乗客の反応は上々。彼女のきめ細やかな気配りは、乗客の評判になったのです。

世界初の『スチュワーデス』

その後、エレンは本採用になり、世界初の『スチュワーデス』が誕生しました。

今、彼女の故郷の空港には彼女の功績をたたえて、エレン・チャーチ・フィールドという名前がついています。

初めて偉業を達成した人には、持続力を超えた『執念』みたいなものがありますよね。

それと同時に「彼女は空を飛ぶことにわくわくしていたんだなぁ」と感じます。

彼女には『空を飛ぶ人』というアイデンティティーみたいなものがあって、

それが彼女が彼女らしく生きるのを支えてきたのかな? と思わされます。

同時に彼女の仕事ぶりは、キャビンアテンダントという職業の地位を築き、

女性が社会進出した職業としてかなり早くから認知されることとなりました。

彼女がいなかったら、女性の航空業界への進出はもっと遅れていたかもしれません。

それは彼女のキャリアも、世の中の流れも大きく前に進める功績でした。